更新日:2018年12月13日

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薩摩焼の里「美山」を紹介します

薩摩焼と美山

日置市東市来町にある薩摩焼の里「美山」は,薩摩焼の県下最大の産地として知られています。窯元が建ち並び,竹林の小道など風情ある町並みが広がっています。

さかのぼること約410年以上前,朝鮮出兵の際に薩摩藩17代藩主の島津義弘が陶工約80人を連れ帰り,うち40人余りが鹿児島県串木野市島平に着船しました。その後,串木野から伊集院郷苗代川(現在の日置市東市来町美山)に移住し,島津藩の庇護のもとで開窯をしたのが薩摩焼の始まりとされています。

薩摩焼は白薩摩(白もん)と黒薩摩(黒もん)に大きく分けることができます。
白薩摩は白い陶体の表面に貫入と呼ばれる細かなヒビが入っていることが特徴で,この白薩摩は藩や島津家だけが使用し,一般の人の目には触れることがありませんでした。藩は文化振興策の一環として京都に職人を派遣し,金襴手等の色絵技法を学ばせるなど技術の習得に努めました。慶応3年に幕府とは別に薩摩藩は単独でパリ万博に出品し,白薩摩はヨーロッパの人々を魅了しました。
一方,黒薩摩は白薩摩とは対照的に庶民の器として愛されてきました。黒薩摩は漆黒の光沢を持つものや蛇蝎釉(だかつぐすり)、どんこ釉といった独特の風合いの表面を持つものまで多様性に富んだ素朴で剛健な焼き物です。土瓶型の「黒茶家(くろじょか)」や、徳利の一種である「カラカラ」などが広く知られています。

また,薩摩焼は染付や三彩釉の磁器など種類が多く,変化に富んでおり,産地によって竪野系,苗代川系,龍門司系,西餅田系,平佐系に分けられています。

薩摩焼
薩摩焼

 

美山案内1
美山地区案内板

美山案内2
美山地区案内図

 

美山・竹林の道
竹林の小道


美山窯元祭り

毎年11月初旬に開催される美山窯元祭りは,はるか韓半島よりこの地に陶芸の技を伝えた先人をしのび,その功績をたたえるとともに,その伝統と歴史に触れ,薩摩焼をはじめとする工芸品に親しんでもらおうと昭和61年から開催されています。

美山窯元祭りの薩摩焼体験広場では,陶工の手ほどきで初心者や子どもでも気楽にろくろ・手ひねり・絵付け体験ができます。その他,薩摩焼チャリティーオークションや美山コンサートなど様々な内容を楽しむことができます。

窯元祭り
薩摩焼体験広場1

 

美山窯元祭りの様子2
薩摩焼体験広場2

美山窯元祭りの様子3
窯元祭りステージイベント

 


美山の朝マルシェ

美山の朝マルシェは2016年4月にスタートした朝市です。午前9時から午後2時まで,奇数月の第1日曜日に開催されています。暮らしの雑貨,木工,ハンドメイド,ワークショップ,野菜,フード,お菓子,コーヒーなどのお店が集まり,賑わいを見せています。

写真は美山窯元祭りと同時開催された朝マルシェの様子です。手作りの小物やお菓子などが並んでおり,訪れた方々は足を止めて,買い物を楽しんでいました。

美山の朝マルシェについて,詳しくは以下のホームページを御覧ください。
美山の朝マルシェ(外部サイトへリンク)

美山朝マルシェ1
朝マルシェの様子1

 

美山の朝マルシェ2
朝マルシェの様子2

玉山神社


美山地区内にある玉山神社は,朝鮮陶工
たちの故郷の神「檀君(だんくん)」を祀ったのが始まりとされています。その後,明治時代に入ってから,ニニギノミコトやスサノオノミコトなどを合祀して現在に至ります。

この神社の第三鳥居から見える台地(現在は茶畑)は,慶応2(1866)年に,苗代川衆中が,戊辰戦争に従軍するために西洋式軍隊の訓練を行った場所です。従軍祈念碑は第四鳥居横にあります。

また,玉山神社参道脇には江戸後期の薩摩藩における財政改革を成功させた調所笑左衛門広郷と調所の指示を受けて陶工たちを指導した村田堂元甫阿弥の招魂墓があります。

玉山神社1
玉山神社

 

玉山神社入口
従軍祈念碑と第四鳥居

玉山神社茶畑
第三鳥居から見える茶畑

 

調所広郷等墓
調所笑左衛門広郷・村田堂元甫阿弥招魂墓


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