更新日:2011年3月3日

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小松帯刀が眠る園林寺跡(おんりんじあと)

  薩摩半島のほぼ中央,白砂青松の吹上浜と東シナ海に面する鹿児島県日置市。

  日置市の中でも中央に位置する日吉町吉利に,大河ドラマ「篤姫」の放映で一躍脚光を浴びた,小松帯刀が眠る「園林寺跡」があります。周辺には田畑が広がり,のどかな山里の風景が今もなお残っています。

  ここは,大河ドラマ放映以降,日置市の新しい観光スポットにもなっています。

  また,平成22年度,県の「魅力ある観光地づくり事業」を活用して,駐車場とトイレが整備されています。
園林寺入口
■特長
 ・小松帯刀のほか妻お近など,小松家歴代の墓があります。
 ・園林寺の歴史や墓の特徴などについて,ボランティアガイドによる説明を受けることができます。(要予約)
 ・日置市特産の日置瓦を屋根に用いた案内板が設置されていて,小松帯刀の功績などを年表を交えて紹介しています。
 ・森林環境税を活用して整備された休憩所(木製ベンチ,テーブル)が設置されています。

 
小松帯刀等の墓
観光案内板や休憩所など
■所在地
  日置市日吉町吉利   ※地図を表示 

■駐車場
  有り(普通車約5台分)

■ボランティアガイドの説明を受けることができます。ボランティアガイド予約の問い合わせ先は次のとおり。
  日置市日吉支所地域振興課(電話:099-292-2111)
 
■アクセス(自動車の場合)
  鹿児島市街地から県道35号を日吉方面へ。約40分後,永吉十文字交差点を右折し,国道270号へ。しばらくすると「園林寺」へ右折の表示あり。

■豆知識
  小松帯刀は,1835年,喜入領主肝付兼善の三男・尚五郎として生まれ,のちに吉利領主であった小松家の養子となり,小松帯刀清廉と改名する。
  薩摩藩家老として,薩長同盟の締結や王政復古,明治維新に尽力。維新後は,新政府の参与として版籍奉還を画策するも,36才の若さで亡くなった。早すぎる死で維新後の活躍が果たせなかったことを惜しみ「幻の宰相」とも呼ばれている。
  小松家(旧禰寝家)は,もともと大隅半島の根占地方を治めていたが,17代禰寝重治(ねじめしげはる)の時に吉利に移封されて以来,明治に至るまで領民に親しまれてきたといわれている。
  江戸時代には,吉利郷の総地図の作製や農業書を署し,領地の農業技術の発展に尽力するなど,多くの功績は今でも吉利集落の人々に語り継がれている。また,しんこ団子発祥の地と伝えられている深固院の再建など,文化の保護や継承にも努めている。
  なお,小松姓は,24代清香の時に禰寝姓から改姓。(祖先の平重盛が小松内大臣と呼ばれていたためと言われている。)

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鹿児島地域振興局総務企画部総務企画課

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