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更新日:2017年6月17日

国指定史跡の新指定等について

の文化審議会は,6月16日(金曜日)に,新たに史跡として「城久遺跡」を文部科学大臣に答申しました。

史跡の新指定予定1

城久遺跡(ぐすくいせき)

1在地島郡喜界町大字山田字山田半田791番外44筆等

2徴等

本遺跡(註1)は,喜界町の標高100m前後の海岸段丘に立地する9世紀から15世紀に至る集落遺跡である。9世紀から11世紀前半の越州窯系青磁(えっしゅうようけいせいじ)など初期貿易陶磁器がまとまって出土しており,その出土量や内容から古代日本国家との関わりの中で交易拠点として成立した遺跡と評価されている。
11世紀後半から12世紀後半に集落は最盛期をむかえ,遺跡の最も高所に当たる地点では,倉庫を伴う大型の四面廂付掘立柱建物(しめんびさしつきほったてばしらたてもの)が検出されている。また,白磁玉縁碗(はくじたまぶちわん)や滑石製石鍋(かっせきせいいしなべ),カムィヤキなど,この時期の琉球,奄美地域で広く認められる遺物が多量に出土するとともに,この地域では唯一の製鉄炉が検出されるなど,琉球,奄美地域における一大交易圈の中心となったと考えられる。13世紀になると集落の規模は縮小し,遺物の出土量も減少する。
こうした遺跡の展開は『日本紀略(にほんきりゃく)』や『吾妻鏡(あづまかがみ)』に見える喜界島に関わる記事とも良く合致しており,考古学,文献史学の双方から古代末から中世の南島社会の状況が分かる稀有な遺跡である。


註1城久遺跡は,山田中西遺跡・山田半田遺跡半田口遺跡・小ハネ遺跡・前畑遺跡大ウフ遺跡半田遺跡・赤連遺跡の8つの遺跡の総称である。下線のものが今回指定される遺跡。

(写真提供:喜界町教育委員会)

城久航空

城久遺跡航空写真

 

城久土坑墓

土葬墓(大ウフ遺跡)

史跡の追加指定及び一部指定解除予定1件

唐仁古墳群(とうじんこふんぐん)

1所在地肝属郡東串良町大字新川西字麦塚977番地ほか

2特徴等

墳長140mの唐仁大塚古墳(とうじんおおつかこふん)をはじめ3基の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)と,119基の円墳(えんぷん)から成る古墳時代中期の列島南端の古墳群である。古墳時代中期のヤマト政権と地方の関係を知る上で重要である。指定は昭和9年で,指定されていない範囲で新たに確認された19基の古墳を追加指定するとともに,発掘調査により古墳が存在しないことを確認した範囲等を指定解除する。

(写真提供:東串良町教育委員会)

唐仁古墳群航空写真

 

 

 

 

 

 


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