No. :309
タイトル:長崎旧薩摩屋敷及浜崎太平次倉庫並住宅図
著 者 名:不明
出 版 年:不明
出 版 者:不明
出 版 地:不明
種 別:図面
請求記号:K62ナ
大 き さ:28.0×39.0
江戸時代には諸藩の蔵屋敷も薩州・肥後・筑前・長州・佐嘉・久留米・小倉・柳川・対州・島原・唐津・平戸・大村・五島の14家,それに富江・黒田・諫早・武雄・多久・深堀の6家が設けられ,それぞれ聞き役が勤務していた。(聞き役は情報連絡係)
濱崎太平次(はまざき たへいじ)[文化11(1814)〜文久3(1863)年]
濱崎太平次は,幼名太兵衛,長じて太平次正房と改める。浜崎家は国分郷鹿児島神宮の神官の出で,指宿郷湊村に移り,第三代新平の代に広く商業を営み,第四代太左衛門は父の海運業をつぎ,寛政年間の『長者番附』に大阪鴻池や大阪平野屋,伊勢三井八郎などと肩を並べて出せるほどの富豪となった。その後第七代で傾き,第八代の太平次の少年時代までには,そうとう窮迫していたが太平次14歳のときに商船の乗組員として琉球に行き,大阪との間で商才を発揮した。その後は,大きく海運業・造船業・貿易で力を発揮し,『安政年度長者鑑』の筆頭者となった。指宿十二町湊の海岸に大造船所を設け,30数隻の大船を建造したらしい。また藩の財政を支え,明治維新の際に献金をするなどして,大きく貢献した。

No. :165
タイトル:密貿易所タリシ熊毛郡上屋久村口之永良部島全図
著 者 名:川島久良
出 版 年:大正8年9月
出 版 者:不明
出 版 地:不明
種 別:古図巻物
請求記号:K29823カ
大 き さ:34.5×115.0
「永良部(口之永良部島)ノ密貿易所ヲ一ニ白糖方(はくとうほう)ト称シ,一時ハ白糖ヲ製シタルコトアリシ由,仝(どう)島古老ヨリ聞キシコトナリ」「藩庁ニテハ,帆舩(はんせん)ヲシテ日本海ヲ経テ北海道ニ航セシメ,昆布其他ノ海産物ヲ移入シ来リ」「之ヨリ先キ加賀金沢ニ於テ,銭屋五兵衛ナル密貿易ヲ営ミシカ事露顕ニ及ビテ遂ニ牢死スルニ至リシガ,此事早クモ我藩庁ニ聞ヘ,仝島ノ密貿易所タル英国人居住ノ洋館ハ唯一日ニシテ取壊(とりこぼ)タレ,用材ノ如キハ何処(いずこ)ニカ木片スラ残サズ悉(ことごと)ク持チ去ラレント云フ。斯(かか)ル有様ナレバ,貿易ノ趾ヲ湮滅センガ為メニ或ハ何物ヲモ止メザランコトニ努メ,器具其他当時ヲ偲(しの)ブベキ物品ヲモ総(すべ)テ棄却セシナラント云フ」
↓
1 口良部島は薩摩藩の藩営の貿易地であったこと
2 薩摩藩の密貿易は,北は松前の昆布その他の海産物を移入していたこと。さらに,この地で白砂糖の精製をやっていたこと
3 加賀の国金沢の銭屋五兵衛の密貿易が露顕し厳刑に処せられた情報が入るや,口之永良部島の密貿易の証拠隠滅を完遂したこと。
異国船絵巻
本館は,臺(台)湾船,福州造リ南京出シ船,寧波船(2),広東船,南京船と題された画幅仕立ての異国船絵巻を所蔵しています。
これと同じ異国船絵巻が松浦史料博物館に,絵巻で保管されているそうです。こちらは12隻が描かれ,長崎県の指定有形文化財に指定されています。長崎県教育委員会『長崎県の文化財』には「長崎に来航してきた異国船の正確な写生図で,この図の制作者または制作された年次は不詳であるが,17世紀の初め頃作られたものであろうと考えられ,他に類本もないので船舶史上貴重な資料」と紹介されています。
黎明館の本でごらんください。(K23カ99)90p
『 海洋国家・薩摩−薩摩に鎖国はなかった−黎明館開館15周年記念特別展』(平成11年)
広東船
資料番号:0112130794
大 き さ:79.0 ×59.0
請求記号:667-5
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