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更新日:2018年8月23日

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鉄砲の伝来

1543(天文12)年,種子島に漂着したポルトガル人は時の種子島島主時尭に鉄砲を伝えました。鉄砲伝来直後から種子島の鍛冶たちによって伝来銃の模造が試みられ苦難の末に成功しました。鉄砲は瞬く間に日本中に伝播し戦国の時代と相まって主要な武器となり戦法や築城法も大きく変わりました。
種子島に今も語り継がれる若狭姫物語があります。これは,鍛冶金兵衛が伝来銃の模造をする際にその技術を得ようと娘若狭をポルトガル人に嫁がせたというものです。その真偽のほどは定かでありませんが鉄砲国産化の苦労が偲ばれます。南種子町の門倉岬には「鉄砲伝来紀功碑」が立っています。

 


鉄砲伝来の地(門倉岬から望む)



鉄砲伝来紀功碑

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