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更新日:2019年3月25日

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無垢の自然が息づく三島村(硫黄島編)

島村は,鹿児島市から南西へ100~150kmの洋上に東西に点在する,竹島,硫黄島,黒島の3つの島から成り,東南に種子島,屋久島が横たわり,南にトカラ列島,西に草垣群島を望む位置にあります。

鹿児島港から約3時間で竹島,竹島から約40分で,硫黄島に着きます。3つの島の中心に位置し,周囲19.1km,面積11.7㎢に121人(平成30年4月1日現在)が生活しています。椿,つつじ,車輪梅の原生林や,野生の孔雀がまちを闊歩するなど,のどかな風景が見られる島です。

三島村map

硫黄島全体



黄島は,その名のとおり,鉱物資源(硫黄)の採掘で栄えました。現在,採掘は行っておりませんが,今もなお,岩肌からはもくもくと噴煙が立ち上っており,硫黄岳が生きていると感じることができます。

島村は,7300年前に噴火し,南九州全体に大きな傷跡を残した鬼界カルデラの歴史が刻まれ,特異な地形を楽しむことのできる島々です。様々なジオパーク活動を通して,「三島村・鬼界カルデラジオパーク」は平成27年9月に日本ジオパーク認定を受けました。
オパークとは,地質学的に重要な風景や場所を,教育,防災,保全に活用しながら持続可能な発展を目指して運営されている地域のことです。日本では43カ所のジオパークが認定されています。

黄島の海岸線では,湧出する温泉が大気や海水と反応し,褐色や乳白色など様々な色の海面を見ることができます。船が到着する長浜湾は,赤褐色の海が広がっており,印象的です。満潮/干潮・大潮/小潮・風向きなどの気象条件によって海面の模様は刻々と変わっていきます。まさに,地球が生きていることを実感させてくれる風景です。




硫黄島1

硫黄岳

硫黄島2

フェリーからの長浜港

 

硫黄島3

断崖と褐色の海

硫黄島4

港内の様子

 

 

恋人岬公園

島の南西部にある永良部崎の公園で,周囲はボタンボウフウの自生地となっています。公園へ続く岬橋からは東側を見ると,長浜湾を一望できます。稲村岳を通った温泉水は,稲村岳の岩石(玄武岩)の成分の中の鉄分を多く溶かし込んだ温泉で,海水と反応し鉄サビ色となり,長浜湾を赤褐色に染めています。また,岬橋から西側の海を見れば,紺碧の海が広がっており,大自然が織りなす風景を感じることのできる場所です。

橋の手前に希望の鐘,その先の恋人岬公園にはしあわせの鐘があり,観光スポットとなっています。また,公園からは,晴れた日には屋久島,口永良部島,種子島の島影などの絶景を望むことができます。

岬橋1

希望の鐘

岬橋2

岬橋

 

岬橋3

稲村岳と長浜湾

岬橋4

しあわせの鐘

 

岬橋5

しあわせの鐘付近からの眺め

 

大浦港

黄島大浦港では,青く透き通った海と高さ60mの岩石や地層を見ることができます。地層では,アカホヤ噴火前に噴出した長浜溶岩と,アカホヤ噴火の3種類の堆積物(船倉降下軽石・船倉火砕流・竹島火砕流)を観察することができます。

面近くまで階段で降りることができ,夏季には,磯遊びの海水浴場として賑わいます。長浜湾とは異なる海の色を見ることができ,同じ硫黄島でも特色のある景色を楽しむことができます。また,ウミガメが現れるスポットにもなっています。

大浦港1

大浦港1

大浦港2

大浦港2

 

俊寛堂

寛は平安時代末期の僧です。安元3年(1177年)鹿谷荘にて平家討伐の陰謀がもれて捕らえられ,丹波少将成経,平判官康頼と共に鬼界ヶ島(硫黄島)に流されました。成経,康頼の二人は許され,帰ることができましたが,俊寛は必死の願いもかなわず一人許されませんでした。ただ一人残された俊寛は茫然として海を眺め,海岸に佇んだといいます。俊寛は絶望の果てに絶食して,念仏を唱えながら37歳で亡くなりました。

の人々は,俊寛の死を哀れみ,3人を合わせ祭って俊寛の居住地跡に御祈神社を建てました。これを俊寛堂といいます。俊寛堂の周りには,竹林や椿林が広がっています。また,俊寛堂までは苔むした道が続いており,神秘的です。

黄島地区では,俊寛の霊を祭る柱松の盆行事が行われています。

また,硫黄島港近くの開発センター前には,海に向かって俊寛像が設置されており,俊寛の悲痛な叫びが聞こえてきそうです。



寛堂については,以下のホームページも御覧ください。
俊寛流刑の地,鬼界ヶ島伝説」が残る三島村硫黄島

俊寛堂1

俊寛堂

俊寛堂2

俊寛堂まで続く道

 

 

俊寛像

開発センター前にある俊寛像

 

 

 

東温泉~大自然の中の露天風呂~

東温泉に湧き出る温泉は,硫黄岳の岩石(流紋岩)の成分の中のアルミニウムなどを多く溶かし込んだ,日本でも稀有なpHをほこる温泉です。海に流れ出すと海水と反応し,乳青色の温泉となります。

膚病に絶大な効果があり,江戸時代の温泉番付にその名が見られることからも,古くから愛されてきた温泉であるといえます。この島ならではの野趣あふれる露天風呂で,温泉に入りながら東シナ海を前面に,後方には硫黄岳を望むことができます。

温泉近くには石が積まれた脱衣所もあります。港から徒歩で40分から1時間ほどのところにあり,無料で利用できます。

東温泉1

東温泉1

東温泉2

東温泉2

 

東温泉3

東温泉と東シナ海

東温泉4

脱衣所


平家城公園

徳天皇・平家落人伝説ゆかりの場所です。もともと島には5カ所の見晴所があったと言われており,ここは北側にあり,鹿児島方面の見張りをするために建てられたと言われています。もともと人の入れない小高い竹林の山でしたが,観光目的の開発の中で山を切り開き,車道を通して駐車場を作り,公園を作りました。鹿児島方面,開聞岳,佐多岬,錦江湾,昭和9年の海底爆発により出来た昭和硫黄島が展望できます。

た,目の前には硫黄岳(標高703m)がそびえ,岩肌から吹き出す噴煙を見ることができます。雨の日には,硫黄岳は硫酸混じりの雲に覆われてしまい,生物には厳しい環境になってしまうため,雲がかかる硫黄岳の中腹より上には植生がほとんどありません。
黄島のいたる所で温泉が出ていますが,港の温泉質と違って,この下にある穴の浜温泉は乳白色の温泉です。

家城跡には,歌舞伎「俊寛」上演記念碑として,当初中村勘三郎さんの銅像も俊寛像と一緒に港近くの開発センターの前に設置しましたが,本人からの申出がありこの場所に移しました。

た,平家城あたりでは,地層断面が広がっており,数千年以上も前の噴火の歴史を感じることができます。

平家城1

平家城公園

平家城2

硫黄岳

 

平家城3

平家城公園近くの地層

 

 

熊野神社

黄大権現宮とも呼ばれ,安徳帝晩年の皇居跡とも伝えられています。治承元年(1117),鹿ヶ谷事件の平氏打倒の陰謀を知った平清盛は,藤原成経,平判官康頼,大僧都俊寛の3人を鬼界ヶ島(今の硫黄島)への流刑に処しました。成経と康頼は早く許されて都の帰れるようにと紀州熊野三所権現の分身・分霊をここに移して祭り,熊野神社を建立しました。

に文治元年(1185)安徳帝が居住されてから,来真三種熊野権現(くまさんしゅごんげん)と改められ,三種の神器を内陣に祭られました。桂庵和尚書の棟札によれば,明応8年(1499)年島津忠昌により社殿を修復したとあります。さらに慶長3(1598)年朝鮮の役のおり,安徳帝の末裔長濱権之丞吉延が島津義弘の危機を救った礼として島津氏の崇敬を受け,多くの品物が奉納されたようです。
後,修理の費用も島津家から出され,天保10(1839)年まで5回の修理がなされています。現在この建物は,老朽化したため,昭和62(1987)年12月に改築されました。

た,毎年旧暦の8月1日,2日に,熊野神社では「硫黄島八朔太鼓踊り」が奉納されます。
の時に登場する仮面神「メンドン」は天下御免で、その様子は南方系の特徴を残しており、手に持っているスッベン木の枝で観客を叩きます。叩かれると魔が祓われると言われています。メンドンは,2018年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。

熊野神社1

神社入り口

熊野神社2

本殿

 

熊野神社3

椿林と参道

 

 

 

まだまだある硫黄島の魅力

黄島には,他にも多くの魅力があります。
からすぐのところには,大きなガジュマルの木があります。また,集落のあちこちに飾りのようにおいてある石「亀石」は,約500年前の硫黄岳噴火のときのもので,典型的な「パン皮状火山弾」と呼ばれる石です。火口から飛んだ石が空気中で冷やされ収縮し,ひび割れができたものです。島内には,特産品である長命草(ボタンボウフウ)もいたる所に生えており,天ぷらなどでおいしく頂くことができます。また,島内には野生化した孔雀が生息しています。運がよければ,白い孔雀を見ることもできます。

山や自然を体感できる,魅力ある硫黄島にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

ガジュマル

ガジュマルの木

亀石

亀石

 

長命草

長命草(ボタンボウフウ)

孔雀

野生の孔雀

 

 

 

 
 
 

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