更新日:2010年12月3日

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伊作流鏑馬が奉納されました。

 平成22年11月23日(火)鹿児島県無形民族文化財である伊作流鏑馬が日置市吹上町大汝牟遅(おおなむち)神社前の馬場で奉納されました。

射手が馬に跨り矢を放つ

吹上町における流鏑馬の歴史

 この流鏑馬は,天文7年(1538年),ときの領主島津忠良が,加世田城攻めに際し,この戦勝が叶えられたときは毎年流鏑馬を奉納することを誓って出陣しました。その夜のうちに攻略できたので奉納するようになったと伝えられています。以前は,世襲で継続されていましたが,昭和63年に流鏑馬保存会が結成されて以来,地域の人々によって伝承されています。
流鏑馬奉納が始まる前の神社鳥居前の様子と馬場を駆ける馬

馬駆け

 神社前の馬場(200メートル)には,40メートル間隔で3本の的が置かれていました。馬が駆ける前には,その都度,別当が駆けながら馬場を祓います。試走の時は塩をまきながら,本番は手綱をぐるぐる回して駆けていました。別当は二人の小学生が交互に務めました。

 馬駆けは,1度目の試走の後,二人の射手が本番をそれぞれ3回くり返します。射手が馬上から矢を放つたびに見物客からは大きな歓声が上がっていました。今年の射手は二人の兄弟が務めました。弟の射手は今年が初挑戦ということで,馬場を駆けるたびに緊張している様子でしたが,終わった時には,ほっとした表情を見せていました。

馬場に集まった観客,馬駆けの様子

神社境内では

 使われた的の平木は,魔除けとして家に持って帰れるように,保存会の方々が見物していた人に分けてくれました。
 また,この日は,流鏑馬行事体育大会も開催され,大汝牟遅(おおなむち)神社境内では,剣道競技が行われていました。境内には,元気な少年剣士の声が響いていました。
魔除けとして的の平木を分ける様子と境内の剣道競技

その他

 流鏑馬を見物した帰り道,吹上町中田尻の「田の神」像を発見。

 近くには,薩摩琵琶発祥の地「中島常楽院跡」もありました。

田の神像と薩摩琵琶発祥の地

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