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更新日:2011年12月26日

3月のちょっといい話(教師として,子どもにかかわるということ)

 「やっと,ここまで来たか。」「でも,油断はできないぞ。」

と,高校卒業を前に約1か月間の自宅待機の期間に入る生徒に対し,生活の心得を話します。この時期は,担任として深い安堵の思いがある一方で,あたかも,掛かった細い釣り糸が切れないようにそろりそろりとたぐり寄せるときのような心許ない思いにさらされる日々でもあります。
 

 「先生,Aさんが来ていません。」

 週に一度の登校日,クラスの委員長が教えてくれました。その日は電話で様子を伺い必要な連絡事項を伝え,次回の登校を促しました。ところが,次回も欠席,しかも無断で。普段のAさんからは考えられないことでした。

 Aさんは入学してから,ずっと無遅刻無欠席を通し,成績も上位で,責任感も強く安心して任せられる生徒でした。そんなAさんが,この時期にどうして無断欠席をしたのか。私は,Aさんのこれまでの学校での様子を振り返りました。でも,思い当たる節は浮かんできません。早速その夜,Aさんの家に行き,両親とも話したところ,Aさんは「来週は必ず,登校します。」と約束してくれました。しかし,またも欠席。私は,怒りの気持ちをクラスの生徒にも向け,返す刀で彼の家へ直行しました。家に着くとAさんは布団にくるまって,子猫のように身を丸めていました。

 「何をしているんだっ。」と怒鳴る寸前で私は言葉を飲み込みました。泣いているのです。事情を聴くと,「卒業したら離ればなれになる彼女との将来が不安になり,学校に行く気がしなくなった。就職もしたくない…。」とのことでした。Aさんは,そんな思いを伝えたことで,落ち着いたらしく,結局,卒業式には出席し,みんなとともに無事卒業していきました。

 彼らを送り出した1年後,転勤先の学校で,私は彼が急に会社を辞めたことを知りました。辞めた理由は,卒業前の登校しぶりに起因したものではなく,家庭的な事情とのこと。私はその時初めて,「Aさんは,あのとき私に話した悩みよりも,本当はもっと別なことで悩み続け思い詰めていたのではないか」と思いめぐらし,彼に対しての向き合い方を自分に問い直しました。
 
 時が流れ,教え子の結婚式に呼ばれました。そこには,すっかり大人になり,たくましさも漂うAさんの姿もありました。高校時代の思い出話に花が咲きました。私は思い切ってAさんに「家の事情を抱えていたのね。」と,会社を辞めた理由を尋ねてみました。彼は「実は,そうだったんです。あのときは心配をかけてすみませんでした。」と真実を明かしてくれました。私は,高砂の新郎や列席の教え子たちの成長に目を細める一方で,「子どもたちのどこを見て,何を受け止めていたのだろう。彼らの何を分かろうとしていたのだろう。」と,無力感に溺れそうになりました。
 

 「船は凪に衝突し,月夜に座礁する。学校という人間丸の船頭が学ばなければならぬものは,凪の日のたえまなき航海学だ」。これは,濱里忠宜先生のことばです。

 教師として子どもにかかわるということは,凪の日こそ,座礁をはじめとする様々な危険性を想定して航海するのと同様,どの子どもに対しても一人一人をしっかり見つめ,その背景に思いをめぐらし,一生を見据えて真剣に向き合うことであると再認識するとともに,Aさんの「僕の結婚式にも来てくださいね。」の一言に浮き輪を投げてもらった思いでした。

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