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更新日:2010年8月18日

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本港区の概要

本港区

番号

名 称

延長

水深

備考

 

番号

名 称

延長

水深

備考

1

営林署桟橋 25 -3

専用

13

高速船浮き桟橋(仮称) 80 -7

公共

2

A岸壁 138 -4.5

公共

14

G物揚場 31 -1

公共

3

(埋立3工区)物揚場 70 -2

公共

15

H物揚場 232 -3

公共

4

小川ふ頭岸壁 180 -5.5

公共

16

斜路船揚場 30 -1.5

専用

5

本港桜島フェリーふ頭岸壁 120 -4.5

公共

17

I 物揚場 128 -1

公共

6

本港フェリーふ頭第3岸壁 60 -4.5

公共

18

船溜浮桟橋 23 -2

公共

7

北ふ頭1号岸壁 360 -9

公共

19

K物揚場 80 -1

公共

8

北ふ頭2号岸壁 310 -7.5

公共

20

L物揚場 152 -1

公共

9

南ふ頭1号岸壁 155 -7.5

公共

21

斜路船揚場 34 -1.5

専用

10

南ふ頭2号岸壁 155 -7.5

公共

22

K物揚場斜路船揚場 20 0.3

公共

11

南ふ頭3号岸壁 90 -5.5

公共

23

M物揚場 81 -3

公共

12

南ふ頭4号岸壁 90 -5.5

公共

24

漁港区N岸壁 250 -5

公共

                

 本港区は,今から約200年前の薩摩藩の時代に琉球貿易が盛んになるにつれて,海運上の必要から波止場(三五郎波止場)荷役護岸を建設し,港として利用したのが始まりといわれています。
 明治40年10月には,重要港湾に指定され,さらに大正11年4月には国の指定港湾となり,直轄工事により防波堤,岸壁,物揚場等の大改修が行われ,昭和9年3月,近代的港湾として面目を一新しました。
 昭和11年から13年には,県単独事業により城南町地先の埋立が行われ,現在の船溜まり等が完成しました。 戦後は,戦災復興として昭和28年から陸上施設の整備,泊地浚渫が行われ,昭和33年3月には運輸省の直轄工事で岸壁(-7.9m)110mが完成しました。
 なお,昭和34年から10カ年計画で新港区の建設が進められ,昭和43年5月沖縄航路が,昭和47年11月大島航路が本港区から新港区へ移転した結果,本港区は湾内航路及び種子・屋久等の離島航路の発着拠点となり,商港区としての機能を受け持つこととなりました。
 また,昭和40年にはM物揚場(-3m)81m,N岸壁(-5m)250mが完成し,現在の漁港区となっています。
 その後,昭和57年6月に離島航路の集約化や市民の憩い,賑わいのための施設導入などの諸要請に対処するため港湾計画が改訂され,昭和61年11月から埋立工事に着手し,平成元年3月には離島不定期航路用の小川埠頭岸壁(-5.5m)180mと小川上屋が完成しました。
 また,平成4年3月には北埠頭1号岸壁(-9m)360m,2号岸壁(-7.5m)310mが完成し,供用開始され,平成5年3月には4号上屋,同年12月には旅客ターミナル,1号及び2号上屋,道路が完成し,同時に供用開始された。続いて平成9年には南ふ頭1号2号岸壁(-7.5m),3号4号岸壁(-5.5m)が完成し,平成12年4月から十島航路,平成13年4月から三島航路に供用開始され,平成14年9月には旅客ターミナルが完成し,供用開始されました。
 また,平成10年3月には桜島フェリーターミナルが完成しました。
 なお,平成19年には,南ふ頭に種子・屋久高速船ターミナルが完成し,同年4月に供用を開始しました。

 
 
 
小川ふ頭岸壁
桜島フェリーふ頭
北ふ頭2号岸壁

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鹿児島地域振興局建設部河川港湾課

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