更新日:2009年4月21日

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種類別

種類別特徴


 

神楽(かぐら) 


 神社の拝殿や境内で、仮面をかぶって舞うもので、秋から冬にかけて行う所が多く、南九州は神楽の日本での南限地です。鹿児島では神楽を「神舞(方言でカンメ)」と言います。昔は一晩中かかって33種目を舞うものでしたが、今は昼間に舞う所が多いようです。
 神舞は氏子が神の姿になって、おごそかに、あるいは滑稽に舞います。田の神舞は、田の神の姿をして方言でしゃべりながら舞うもので、鹿児島独特の芸能です。甑島や山川町成川には内侍舞という女性の舞があります。トカラ列島では内侍が鈴を振って神楽を上げます。内侍舞や内侍神楽は日本でも鹿児島にしか伝承されていない貴重なものです。
 

田遊(たあそび)


 3月から4月に日を決めて、神社の庭で田起しから種子まきまでを(中には田植えまで)真似して行う野外劇で、鹿児島では打植祭と言います。川内や串木野では太郎太郎祭とも次郎次郎祭とも言い、鹿屋ではカギヒキ祭ともいいます。
 

御田植祭(おたうえまつり)

 鹿児島神宮や新田神社など由緒のある神社の神田の田植で、氏子達が大勢出てにぎやかに行われます。この時、棒踊をはじめいろいろな芸能が行われます。
 

棒踊

 6尺または3尺の棒を持った若者達が元気よく踊るもので、鹿児島が生んだ独特の芸能です。歌は「焼野の雉は岡の瀬にすむ」というような短い歌で、七七の音節からなります。これを長くひいてリズミカルに歌います。それに合わせてキビキビと踊る姿は勇壮です。棒踊の歌は御田植祭の田歌の影響をうけ、それに示現流の棒術が加わって江戸時代にできた芸能です。
 

太鼓踊

 太鼓を打ち鳴らす人びとと、鉦や小太鼓を打つ人びとが30~40人で踊るにぎやかな芸能で、盆や秋祭に神社や寺の庭で踊られます。太鼓踊には長島の御八日踊で踊られる鉦踊や、甑島や加世田で踊られる士踊もあります。南九州の太鼓踊は背に矢旗を負って踊るものが多いのですが、種子島では矢旗を用いないで踊ります。吹上町の唐団扇の形の大矢旗はにぎやかです。
 太鼓踊は4列従隊や二重円陣になって踊る例が多くあります。川内川流域では、ジグザグコースで山道という隊形をとり、次に渦巻のビナ(蜷)巻という隊形になります。これは共に蛇を表すもので、実は龍神に雨乞をしているのです。山道と渦巻隊形は、日本でも川内川流域とその周辺にしかない珍しいものです。薩南地域では鉦打ちの人は少年で、真っ赤な衣装を着て花笠を被っています。これは清らかな少年の女装によって、神社の神様を招き、皆で慰めている趣旨のようです。

大隅の八月踊 


 肝属川やその支流の地域では旧暦八月に、法楽と八月踊を行います。法楽は鉦を叩いて水神に感謝し、八月踊は夜、広場で皆で口説歌(江戸時代の流行歌)などを歌って踊るもので、手指を折り曲げて格好よく上品に踊ります。

盆踊

 南九州では八月十五日に太鼓踊を神社や寺、開拓先祖の墓地などで踊って、その霊を慰める所があちこちにあります。これは、「偉大な神霊や領主の霊は、踊りをして慰めないと稲の害虫などになって、人びとを困らせるかもしれない」という考え方(これを御霊信仰という)にもとづいています。甑島では盆に手踊をします。種子島や屋久島、三島村、トカラ列島では独特の古い貴重な手踊や各種の踊りを行いますが、神社、寺のほかに墓地でも踊る所があります。種子島では、全員が白い手ぬぐいで作ったカムキ(冠)を被り、目だけ出して踊ります。それは踊り子が祖霊になって踊っているのだといわれています。
 

その他の踊 

 疱瘡踊は薩摩半島と硫黄島にありますが、日本でも珍しい芸能です。昔、天然痘、すなわち疱瘡が流行し、たくさんの死者が出た時、再び出ないようにと神に祈った祈の、切実な気持ちのこもったすぐれた踊です。
 このほかにも、鷹踊、俵踊、泊十五夜踊、道化踊、八丁杵、面踊など数え切れないくらい多くあります。
 

奄美の八月踊 

 奄美大島には各集落に八月踊があります。旧暦八月の新節の日や7日後の柴挿の日などに、老若男女そろって広場の庭(みゃ-)で踊り、各戸を回って祝います。ヤーマワリ(家回)とかヤサガシ(家探)と言いますが、現在これをする所は少ないです。八月踊にはたくさんの歌詞があって、曲もそれぞれ違います。チヂン(鼓)という独特の締め太鼓を打ち鳴らしながら一晩中にぎやかに踊ります。北部大島と南部大島とでは踊り方が少し違います。八月踊は喜界島でも踊られ、徳之島では旧暦七月に踊るので、七月踊とも夏目踊とも言います。
 

奄美のその他の芸能 

 奄美の芸能は沖縄から伝わったものや、ヤマト(本土)から伝わったものがあります。稲摺節や沖永良部島の獅子舞などは前者で,棒踊などは後者です。諸鈍芝居や油井豊年祭、与論十五夜踊などは、多彩な内容でしかもすぐれた芸能です。南北から流入した芸能は、奄美で独自の発展をみせ,たくさんの芸能を生み出しています。
 

狂言 

 方言を使っておもしろく対話しながら演ずる狂言が、南九州各地にあります。それは田遊の中で親父の亭長と息子の太郎の対話で行われたりします。これは「薩摩俄」であると言えます。
 

人形芝居 

 人形を使った芸能として、水力を動力にしたカラクリ人形や人が操る人形浄瑠璃があります。水車カラクリ人形は薩南の地にあって、歴史や民話などのテーマを用いて人形が動きながら表現します。鹿児島独特の行事である六月燈の時に行われています。人形浄瑠璃は東郷町にある文弥節という謡いと独自の人形操作法によって行われます。日本でも貴重なものです。
 以上のほかにも、例えば鹿児島神宮の初午祭に行われる馬踊のような、鹿児島独特のものもあります。指宿の猿の子踊や北薩の兵六踊もそうです。種子島の蟹舞やバックー(ひきがえる)舞などの座敷舞も全国的に珍しいものです。
 このように鹿児島県には全国に誇るすばらしい民俗芸能が各地に伝えられ、ひしめいています。民俗芸能は、祭や行事、祝い事に行われるもので、その時咲く地域の人びとの美しい心の花です。しかし近年、このすぐれた芸能の継承者が少なくなり、大方が消滅の危機にあります。学校などで若い人達が郷土の芸能を一生懸命学ぶことはたいへんよいことであると言えます。
 
 
 
解説:下野 敏見
下野先生

 

略歴
  • 昭和4年4月4日生れ
  • 元鹿児島大学法文学部教授
  • 前鹿児島県文化財保護審議委員
  • 第一回柳田国男賞受賞
  • 平成18年度県文化財功労者表彰受賞
     

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