更新日:2012年9月20日

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500年の伝統 伊作太鼓踊り

伊作太鼓踊りとは

伊作太鼓踊り。
日置市吹上町に伝わる民俗芸能で,県の無形民俗文化財に指定されています。
伊作太鼓踊りの由来にはいくつかの説がありますが,一説には,応永13(1406)年,伊作島津氏4代当主の久義が,田布施郷の二階堂氏を降伏させた際に考案された,戦勝の踊りと伝えられています。
毎年,8月28日の南方神社の大祭の日に,6地区の保存会が交代で南方神社に奉納し,その後翌日の29日まで吹上の各地で披露されます。H24伊作太鼓踊り

 

踊り手について

踊りは,唄い手数人と,中打ち4人,平打ち20~24名で行います。

矢旗を背負って勇壮に踊るのが「平打ち」で,白装束に草履を履き,竹を編んだ2メートルほどの矢旗を高く掲げ,薩摩鶏の羽を背負い,胸に太鼓をつけて勇壮に踊ります。

平打ちの輪の中で踊るのが,「中打ち」で,2名が稚児姿,2名が女装姿。美しい花笠をかぶり,華やかで可愛らしい姿で,かねや小太鼓を鳴らします。この中打ちは小中学生だそうです。

H24伊作太鼓踊り南方神社

南方神社での奉納踊り

この踊りが南方神社の奉納踊りとされたのは,島津忠良が加世田別府城を攻略したときに,諏訪神社(今の南方神社)に奉納するようになったと言われており,500年以上の歴史があるそうです。

南方神社には,奉納を行うための広場があり,神事が行われた後,奉納踊りが始まります。
踊りが始まると,平打ちの太鼓,中打ちのかねが鳴り響き,平打ちは,2メートルもある矢旗を地面に着くほど振り,太鼓を演奏しながら踊ります。その姿は,とても勇壮でありながら美しく,目が離せません。

踊りの衣装は,とても重く暑いとのこと。
踊り手さんたちは,汗だくになりながら踊り,踊りの合間には,ご家族や地区の方々が団扇であおいだり,水を渡したりして踊りを支えます。
伊作太鼓踊りは,8月28日の南方神社での奉納の後,吹上地区内30カ所以上で披露されるそうです。
残暑の中,この重い衣装で30カ所以上も踊るのは,さぞ大変なことでしょう。

H24伊作太鼓踊り南方神社奉納1

H24伊作太鼓踊り南方神社奉納2
伊作太鼓踊りは,毎年8月28日が奉納日と決まっているそうですので,皆様もぜひこの伝統ある勇壮な踊りを見に行かれてはいかがでしょうか。

【南方神社の場所】
車で行く場合,鹿児島市から県道22号線(谷山・伊作線)を日置市吹上町方面へ。湯之浦地区のふもと公民館の角を左折し,さらに突き当たりを左折すると,1分程度で南方神社に到着します。

 

 

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