ここから本文です。

更新日:2009年8月27日

鹿児島三大行事 曽我どんの傘焼き

曽我どんの傘焼き ~はじまり~

 
 7月19日(日)に鹿児島の三大行事の一つである“曽我どんの傘焼き”が,甲突川河畔(南洲橋付近)にて開催されました。
 
 曽我どんの傘焼きは,1193年(鎌倉時代)に相模国の曽我兄弟(十郎祐成と五郎時致)が,父の仇討ちを遂げる際,たいまつの代わりに雨傘を燃やして夜討ちした故事に由来する伝統行事で,曽我兄弟の孝心をしのび「郷中(ごじゅう)教育」の一環としてはじめられたそうです。
 
 はじまったのはいつかはっきりしませんが,江戸時代の1836年には,曽我祭りが行われたという記録が残っているそうです。
 
曽我どんの傘焼き1

色鮮やか200本の和傘 ~傘開き~

 
 
 7月12日(日)は,19日(日)の本番に向け,鹿児島市加治屋町の「維新ふるさと館」前で傘開きが行われました。
 
 岐阜市の和傘振興会から贈られた色鮮やかな約200本の和傘を,小学生など約50人が開いて風を通しました。
 
 傘開きは,傘焼きに使えるかを点検し,湿気を取り除くため天日干しにするそうです。
 
 
傘焼きに先立って,傘開きが行われました。

和灯り幻想 ~ 前夜祭 ~

 
 
 7月18日(土)は,前夜祭で,リバーコンサートや,維新ふるさと館周辺と甲突河畔緑地帯等に色とりどりの灯明が置かれ幻想的な雰囲気を醸し出していました。
 
 また,この日は,鹿児島地域振興局が進めている甲突川リバーサイドウォーク整備にあたり,ライトアップの効果的な方法を確認し,多くの市民の皆様に意見をお伺いするため,南洲橋周辺で竹灯籠(電灯・ろうそく)などを用いたライトアップを行いました。
 
 
 
 
曽我どんの傘焼き(前夜祭)

夏の夜空を炎で染める ~曽我どんの傘焼き~

 
 
 7月19日(日)は,曽我どんの傘焼きが行われました。
 
 午後7時半過ぎ,傘焼きに先立ち,薩摩琵琶・剣詩舞道・薬師丸太刀自顕流の披露があり,とっぷりと日も暮れた午後8時半過ぎ,いよいよ締め込み姿の子どもたちと男衆が曽我兄弟の歌を歌いながら登場し,傘焼きがはじまりました。

 
 約6メートルに積み上げられたやぐらの傘に火が着けられると,漆黒の夜空に高々と炎が立ち,一気に傘に燃え広がり,闇の中に幻想的な光景が広がりました。
 
 子どもたちと男衆は,やぐらの周りをぐるぐる回り,和傘を次々と炎に投じていき,やぐらの竹が破裂する“パーン”という大きな音が響く中,約200本の傘が夜空を焦がしました。
 
 この日も色とりどりの灯明が灯され,とてもすてきな雰囲気でした。
 
 また,多くの人で賑わい,熱気がすごかったです。
 
 帰りに灯明の灯を消すお手伝いを少しだけさせてもらいました。
 
曽我どんの傘焼き当日の様子
 

 関係者の皆さん,本当にご苦労さまでした。来年の傘焼きも楽しみにしています。
 
 

このページに関するお問い合わせ

鹿児島地域振興局総務企画部総務企画課

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?

ページの先頭へ戻る