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更新日:2007年12月5日

伝統の祭り


おなん講(オナンコウ)(薩摩川内市東郷町)

10月に行われる、薩摩川内市東郷町山田のおなん講は、男性が女装し料理から給仕まで行う。男たちは朝から、鶏料理とサトイモの田楽の伝統的献立を準備し、奥さんの晴れ着を着て、接待にあたる。主婦たちは「塩気が足らん」などと大いばりして日頃のうっぷんをはらす。江戸時代から伝えられるユニークな行事。

鬼火たき(オニビタキ)(県内各地)

県内各地で行われる。正月明けの6日の夜か、7日の朝や夕刻、門松や注連縄しめなわなどを持ち寄って、御弊をつけた竹とともに燃やす。竹のパンパンはじける音が邪気をはらうといわれる。子供たちは火のまわりに集まって、餅を焼いたりして楽しむ。オンビタッ、オネッコなどともいわれる。

カセダウチ(知覧町・薩摩川内市入来町)

小正月の頃、前年に家を新築したり祝い事のあった家庭に、親戚や大工さんなどが奇妙な格好をした神様に変装して祝福にあらわれる。家の人は、ご馳走とは別に、アオムシの煮物やオタマジャクシの吸い物などのゲテモノ料理を用意して、押し掛けてきた神様に食べさせようとする。このせめぎあいが面白く、近隣の人々を笑いの渦に巻き込む。

くも合戦(クモガッセン)(加治木町)

6月初旬の日曜日に、加治木町で行われる行事。島津義弘が、朝鮮出兵の際、兵士の士気を鼓舞するために始めさせたという。ヤマコッといわれるコガネグモのメスを、細い棒の上で戦わせる。裃姿の行司によって、左右よりクモを進める。糸を切られて落ちたり、逃げ出したクモが負けとなる。

十五夜ソラヨイ(知覧町)

中秋の名月の旧暦8月15日、豊作を祈って行われる知覧町の伝統行事。満6才から14才までの男の子がフンドシにワラで作った笠と腰蓑をつけて、山笠の周りをグルグル回るもの。「サア、ソラヨイ、ソラヨイヨイ」と掛け声をかけながら相撲のシコをふむようなしぐさをする。突然、子供たちはワーッと叫んで山笠に突進して壊し、引き抜いたワラを土俵いっぱいにまき散らす。それでソラヨイは終わる。

諸鈍シバヤ(ショドンシバヤ)(瀬戸内町)

加計呂麻島の中心地、諸鈍の大屯(おおちょん)神社に伝わる踊り。平家の落人、平資盛が敗残の心を慰め、集落の人々と交流するために披露した踊りが原形との説もある。出演者たちが拍子木や三味線、ホラ貝、太鼓にはやされて威勢よく楽屋に入るところから始められる。旧暦8月15日に開催される。
現在残っているのはサンバトー、ククワ節、兼好節、ダットドンなど11演目。中国風の服、赤い面、長い棒を持って踊る姿はユニークである。境内にはシバ(シイの木)で作った楽屋がこしらえてあり、この楽屋がシバヤの由来という。国指定の重要無形民俗文化財。

せっぺとべ(日置市)

6月初旬に、日吉町八幡神社のお田植え祭りで行われるもの。若い男性の集団が白ハチマキ、白ジュバン、白足袋で神田に入り、掛け声をかけあい歌を唄い、泥まみれになって跳びはねる。田を踏みつけるのは、昔の足耕の名残りともいわれる。「せっぺとべ」とは「精一杯、跳べ」の意。素朴で力強い祭りである。

川内大綱引(薩摩川内市)

中秋の名月の夜に行われる、薩摩川内市の代表的行事。綱の長さは約350m、の長さは約350m、重さは約5tというもの。島津義弘が、藩士の士気を高めるために行ったといわれ、約400年前から続くといわれる。
普通の十五夜綱引きと違い、「押し隊」と言われる一団が相手陣営に突っ込み相手を圧倒する。両方の大将は早くから作戦を練り、精鋭をスカウトするという。

曽我どんの傘焼き(鹿児島市)

曽我兄弟が父の仇を討ちとったことにちなんだ行事で、旧暦の5月28日に甲突川河畔で古傘を燃やす。古い火祭りに起因するという説もある。山と積まれた傘に火がつけられ、ヘコ帯に白ハチマキ姿の少年たちが周りを回りながら次々に傘を投げ込む。赤い陣羽織を着たオンジョ衆が「曽我兄弟の歌」を高らかに歌う。傘が音を立てて燃え上がり、少年たちを照らして夜空を焦がすさまは、まさに壮観。

トシドン(甑島など)

12月31日の夜、子供のいる家に長い鼻の面をつけた神様「トシドンサマ」がやってくる。トシドンは、子供をおどしたりさとしたりして一年の反省をさせ、よい子になることを誓わせ年餅を与える。甑島、種子島、屋久島に伝えられている伝統行事。

初午祭(霧島市)

霧島市隼人町の鹿児島神宮で行われる、五穀豊饒を祈る祭り。旧暦1月18日(現在はその日に近い日曜日)に行われる。五色の布や鈴で飾りたてた馬が、三味線と太鼓に合わせて踊る。その鈴の音は春のまえぶれのよう。鹿児島に春を知らせる、全国に名高いお祭りである。

浜おり(奄美諸島の各地)

日を決めて村中の人々が浜へ降り、祝宴したり、遊んだりして過ごす。地域によって浜おりの日や内容はそれぞれ違う。徳之島では旧暦7月の盆のあと丙(ひのえ)、丁(ひのと)、と続く3日間が祭りの日になる。前年に生まれた子が初めて海につかる「海の洗礼」を行う地方もある。

ひな女祭り(阿久根市)

この一年、ひな女(長女)として生まれた女の子を祝う行事。旧暦4月8日に、親戚の人が、晴れ着を着せられハチマキをしめられた女の子を逆向きに背負ってハンヤ節を踊り、飲めや踊れやの宴会となる。おぶわれた女の子は泣いたり笑ったり、なんとも賑やか。阿久根に残るユニークな行事である。

平瀬マンカイ(龍郷町)

旧暦8月初めの丙(ひのえ)の日に、ショチュガマと一緒に行われる、大島郡龍郷町の稲作儀礼。ショチュガマは、ショチュガマといわれる小屋の上で男達が稲霊を呼ぶ歌を歌い、歌が終わると小屋を揺さぶり倒し、その上で八月踊りを踊る。
一方ヒラセマンカイは夕方の潮満ち時に行われる。海岸の岩に白衣のノロ(祝人)5人が上がり、何かを手招くようなしぐさをくり返す。海のかなたから稲霊を招くのだという。国指定の重要無形民俗文化財。

水カラクリ人形(知覧町)

知覧町の豊玉姫神社の六月燈で上演される。水車を動力に使った人形カラクリで、このカラクリの特色は、多数の木製歯車を使う装置と、人形の構造。一つだけの水車の心棒が伝える力を、さまざまな形の歯車によって、それぞれ違った力に分散し、人形たちを動かす。太平洋戦争を境に途絶えていたが1979年(昭和54年)に復活し、今では毎年演じられている。

妙円寺詣り(日置市)

旧暦9月14日は、島津義弘が関ヶ原の戦いで敗れた日である。しかし敗れながらも徳川本陣の真っ只中を敵中突破。すさまじい退却戦を展開した。妙円寺詣りは、この時の苦闘をしのぶ行事。青少年は、鹿児島市や南さつま、薩摩川内など県内各地から歩いて参拝する。境内では、武道の競技会などが開かれて賑わう。

モグラ打ち(県内各地)

春の農耕シーズンを前に、地中を荒らすモグラに先制攻撃をかけ、一年の豊作を祈るもの。1月14日の夕方、竹の先にワラ束をつけたもので、男の子たちが各家の地面をたたいて回る。そして家々で餅をもらう風習である。大口市や薩摩郡、姶良郡西部、曽於郡北部で行われているもの。

弥五郎どん祭り(曽於市)

曽於市、岩川八幡神社の大祭。この日、名物「弥五郎どん」の浜下りが行われる。弥五郎どんのモデルは武内宿禰(たけのうちのすくね)だとも隼人の頭領だともいわれる。高さ4.85mの巨人。腰に4mと3mの刀を帯び、木車にすえられて町中を練り歩く。バルセロナの世界巨人大会に招かれ、一躍有名になった。

流鏑馬(肝付町、曽於市、日置市)

肝付町の四十九所神社では、毎年10月第3日曜日の例祭に奉納され、曽於市末吉町二ノ方の住吉神社と吹上町の大汝無遅(おおなむち)神社では11月23日に行われる。
中でも肝付町は、850年続いている行事である。馬を走らせながら三つの的を3回、弓で射るもの。その的中度によって翌年の豊作を占う。射手は、地元の少年が務める。当日は、各地からの見物客で境内は大賑わいとなる。

六月燈(県内各地)

新暦の7月1日から、大きな神社、寺院から小さなほこらに至るまで、それぞれ日を決めて縁日が行われる。まさに鹿児島の夏の風物詩である。
第19代藩主光久が上山寺新照院の観音堂を建立したおり、灯篭をつけさせたのがはじまりとか、牛馬の疫病や田の害虫駆除の民間行事が変化したものだとかいわれているが、定かではない。

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