更新日:2012年3月30日

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岐阜県

本県と岐阜県は,薩摩藩による木曽三川(木曽川,長良川,揖斐川)の宝暦治水工事以来,薩摩義士の偉業による精神的つながりをきずなとして友好・親善関係を深めていましたが,さらに教育・文化・経済等の交流を通じて両県民の融和と繁栄を推進することを誓い,昭和46年7月27日姉妹県盟約を結びました。現在,平成3年11月に策定した「ぎふ・かごしま21世紀への交流プラン」に基づき様々な交流が活発に行われています。
 
姉妹県青少年交歓会の写真
 

姉妹県盟約の締結

岐阜県と鹿児島県は、江戸時代中期の宝暦年間に岐阜県南部を流れる木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水工事を完成させた薩摩藩士の偉業をたたえ、その精神的な絆をもとに、昭和46年7月に姉妹県盟約を結びました。
この宝暦治水は、徳川幕府が薩摩藩に命じた難工事であり、薩摩藩は多額の借金を抱え、また、多くの犠牲者を出すことになりました。しかし、ついにこの難工事を完成させた薩摩藩の武士たちは、岐阜県の人たちから「薩摩義士」と敬われ、現在でもその偉業はたたえられています。

姉妹県盟約のきっかけとなった宝暦治水工事

木曽・長良・揖斐の三大河川の合流する岐阜県南部は、江戸時代、大雨のたびに洪水に襲われ、多数の死者も出るなど、永年水害に悩まされ続けていました。このため、幕府は三大河川の改修計画書をつくり、そのお手伝い普請を薩摩藩に命じました。宝暦三年(1753年)12月25日のことです。


お手伝い普請とは、工事の設計や監督などは幕府があたり、その下で命令を受けた藩が工事を行うもので、工事費の大部分は、お手伝いをする藩が負担しなければならない仕組みでした。
命令を受けた薩摩藩では、家老の平田靱負が総奉行となって約千人の藩士が工事にあたり、忍耐と苦労を重ね、その当時わが国で最も大きく最も難しいといわれた工事を、わずか一年半という極めて短い期間で完成させました。
それだけに、いろいろな面で無理があり、この間に、病死した人やさまざまな重圧から切腹した人など、あわせて八十数人の犠牲者を出したうえ、多額の借金をかかえこんだのです。


薩摩藩にとっては、極めて大きな犠牲をはらった工事でしたが、木曽川流域の村人たちにとっては誠にありがたい贈り物だったのです。人々は洪水に苦しむことも少なくなり、豊かな実りの秋も迎えることができました。
当時、最大の難工事といわれた油島堤防には、藩士たちが国もとの薩摩から松の苗木を取り寄せて植えたものだと伝えられる千本松原があり、その松は今では大きく枝を伸ばし、松林のなかに建立された治水神社とともに、薩摩義士の遺徳を偲ばせています。

鹿児島・岐阜青少年ふれあい事業

両県の青少年が相互の地を訪問し、両県の歴史的関わり合いを認識し、相互の夢を語り合い、友情の絆を深めるとともに、異なる自然や生活、文化などを探訪し、豊かな感性やたくましい創造力を育てることを目的に、昭和47年度から相互訪問による交流事業を実施しています。
鹿児島県からは岐阜県の白川郷や薩摩義士を祭った治水神社などを訪れ、また、岐阜県からは屋久島や薩摩義士碑・平田公園のある鹿児島市などを訪れ、それぞれの地のすばらしい自然を十分に満喫するとともに友好の絆を深めています。



青年の部では、これまで当事業に参加した方々が中心となって、鹿児島県内に「鹿児島県『美濃の会』」が、岐阜県内に「岐阜県さつまの会」がそれぞれ結成されており、毎年、スキーや海水浴ツアーで相互に訪問するなど、その後の交流も活発に行われています。また、両会は、これから当事業に参加する若者の事前研修や参加者受入の企画運営など、両県青年交流の橋渡し役も努めています。

霧島市と海津市の交流

鹿児島・岐阜両県の市町村間においては、薩摩義士の偉業を機縁として、鹿児島市と大垣市、霧島市(旧国分市)と海津市(旧海津町)の間で交流が活発に行われています。


海津市は、木曽・長良・揖斐の三大河川に囲まれた輪中地帯に位置しており、薩摩義士の業績の顕彰や、春秋の治水神社大祭の開催、史跡の保存などに積極的に取り組んでいます。
一方、霧島市では、旧国分市が昭和44年に道徳の振興を図るべく「道義高揚都市宣言」を行い、その年から本格的に青年団員などを旧海津町に派遣しました。そして、互いに「報恩感謝」と「道義高揚」の精神に共鳴し、親交を深め、昭和45年の両市町の盟約締結に発展しました。(平成18年、新市間で改めて盟約締結。)


以来、春秋の治水神社大祭への参加や中・高校生たちによるホームステイならびに学校間交流が行われています。
また、産業フェアや産業感謝祭に併せての市民レベルでの交流や行政職員の交流も行われており、教育文化、商工産業、スポーツなどの交流を通して、「心」と「心」の結びつきをお互いに大事にし、両市の発展に寄与しています。

鹿児島市と大垣市の交流

鹿児島・岐阜両県の市町村間においては、薩摩義士の偉業を機縁として、鹿児島市と大垣市、霧島市と海津市の間でそれぞれ交流が活発に行われていますが、最も交流の歴史が長い鹿児島市と岐阜県大垣市の交流の状況を紹介します。
大垣市では、社団法人大垣青年クラブが中心となって薩摩義士の顕彰事業を推進しており、特に、昭和39年からは鹿児島の青少年と施設児童を大垣市に招待する事業が始まり、現在、鹿児島市中学生招待事業として、毎年夏休みに30余名の鹿児島市の中学生を大垣市に招待しています。


招待された中学生は、宝暦治水遺跡の見学や義士に関わる業績の講話の受講、大垣市中学生宅へのホームステイなどを体験し、先人の遺業と遺徳を学び、思いやり、勇気、出会いの大切さなど一生の宝物となる大きな感動を抱いて帰ってきます。
このほか、両市の間では、鹿児島市による大垣市中学生の招待や鹿児島市青少年リーダーの研修派遣、鹿児島市の「おはら祭り」と大垣市の「水まつり」への双方からの踊り連の参加など、友好を深める交流が活発に行われています。

薩摩義士頌徳慰霊祭

薩摩義士の偉業をたたえる頌徳慰霊祭が、総奉行平田靭負の命日にあたる5月25日、鹿児島市平之町の平田公園で毎年行われます。
鹿児島県薩摩義士顕彰会が主催し、顕彰会の会員や義士の遺族をはじめ、岐阜県の木曽三川流域の市町関係者や大垣青年クラブ、中学・高校生など約600名が参加します。
鹿児島県と岐阜県は、次代を担う青少年の交流をはじめ、教育、文化、経済など、あらゆる分野での活発な交流を行っており、今後とも、両県の友好の輪を広げ、更なる交流の絆を深めていくことにしています。

 「薩摩義士が結ぶ交流の絆」小冊子

鹿児島県と岐阜県が姉妹県盟約を締結(昭和46年)してから,平成23年で40周年を迎えました。このことを記念し,「薩摩義士が結ぶ交流の絆」小冊子を作成しました。

薩摩義士が結ぶ交流の絆

小冊子「薩摩義士が結ぶ交流の絆」(表紙~4ページ)(PDF:2,795KB)

小冊子「薩摩義士が結ぶ交流の絆」(5~10ページ)(PDF:3,754KB)

小冊子「薩摩義士が結ぶ交流の絆」(11ページ~裏表紙)(PDF:3,040KB)

 

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