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更新日:2026年4月8日
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鹿児島県歴史・美術センター黎明館の敷地は、17世紀初め初代鹿児島藩主家久によって構築され、江戸時代を通じて藩主島津氏の拠点となった、鹿児島(鶴丸)城の本丸の跡です。明治時代以降は、知政所、鎮西(熊本)鎮台第二分営、中学造士館、第七高等学校造士館、鹿児島大学文理学部、同医学部などが設置され、昭和58(1983)年、鹿児島県歴史資料センター黎明館が開館しました(令和2年4月に現名称に改称)。
この間、黎明館周辺は、昭和28(1953)年に石垣・石橋・堀が鹿児島県の「鶴丸城跡」(近代の県民に馴染みのある名称)、令和5(2023)年に隣接地域と背後の城山を含めて国の「鹿児島城跡」(城が機能した時代の正式名称)と史跡指定が進められてきました。
黎明館周辺には、これらを記念した石碑等も、その歴史的意義をたどる意味で、そのまま残されています。
なお、鹿児島城は(公財)日本城郭協会から日本100名城の一つに認定されています。
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