更新日:2012年8月9日

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菊池源吾の手紙

〔個人蔵〕黎明館寄託

「菊池源吾の手紙」画像


西郷隆盛は,安政の大獄で追われた僧月照をかくまうために帰鹿したが,島津斉彬没後,藩論が変わっていたため,果たせず錦江湾に入水した。西郷は蘇生したため菊池源吾(きくちげんご)と改名,奄美大島の龍郷に潜居させられた。
この手紙は,文久元(1861)年,税所篤,大久保利通にあててたもので,桜田門外の変一周年にあたり,男子出生や流謫3年目の心境などを記している。

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