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更新日:2019年9月10日

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ダイナミックな民俗芸能・市来の七夕踊

いちき串木野市大里にて,旧暦の七夕の日に行われる踊りを紹介します。

ツクリモンの虎

稀少な祭り

1981(昭和56)年1月21日に国指定重要民俗文化財に指定されている踊りです。

もともとは旧暦の7月7日に行っていましたが,現在は毎年,8月5日から11日までの間の日曜日に行われています。

鹿,虎,牛,鶴の大きな作り物や,琉球王行列,大名行列,薙刀行列などの行列からなる「前踊り」と,太鼓や鉦を持った太鼓踊による「本踊り」,薙刀行列による「後踊り」から構成されていて,参加者は総勢300~400人にも及びます。

薙刀行列は太鼓踊の前払い・後払いの役目もあり,このように前踊り,後踊りを伴っている形式は,数ある太鼓踊の中でも稀なのだそうです。

 

始まりは島津義弘

島津義弘の朝鮮の役での活躍を称えて,市来の人たちが太鼓踊などいろいろな踊りを披露したのが始まりと言われており,約400年の歴史があります。

その後,江戸時代に大里の門前集落にあった金鐘寺(きんしょうじ)の住職・捨範叟(しゃはんそう)と,地頭と呼ばれて親しまれていた床濤到住(とこなみとうじゅう)が協力して大里水田の開拓や用水路・用水堰などを作った際,完成祝賀会の余興として大々的に踊られ,以来,豊作の祈願や神への感謝の意を込めて毎年踊り続けられています。

 

祭りを彩るさまざまな登場人物

作り物(ツクリモン)

この祭りでとくに目を引くのが,大きな張り子の作り物です。

鹿,虎,牛,鶴の4つが登場し,それぞれユーモラスな動きをします。

鹿

《鹿》首と頭は竹かごを利用した張り子で,角は小麦藁の束でできています。胴は孟宗竹の骨組みに,鹿のような模様の入った布をかぶせ,中に入る人の足が見えないようにヤマブドウのかずらを垂らしてあります。胴の中に4人入り,これを3人の鹿捕り役が追いかけます。

虎

《虎》木と竹で頑丈に作られた骨組みに,赤・黒・黄色の縞模様に塗り分けられた布をかぶせ,布の下にはヤマブドウのかずらを垂らしてあります。眉や口ひげにシュロの皮をつけた頭は自在に動くようになっています。虎の中には8人が2列で入り,4人の虎捕りとユーモラスに激しく戦います。朝鮮の役の際の虎捕りを再現したものだそうです。

 

牛

《牛》竹で作った骨組みに帆布をかぶせ,帆布の下回りにヤマブドウのかずらをたくさん垂らしてあり,16人2列で担ぎます。頭は竹製で,顔は箕(籾を選別する農具)を使い,銀紙で作った大きな目,カズラを編んで作った鼻輪をつけてあります。尻尾は竹を割ったもので,大きい藁製の出し鞍を乗せ,ヨキと環をつけています。現在,牛は1頭ですが,以前は2~3頭登場し,また,30人で担ぐ大きな牛もいたそうです。2人の牛使い(ウシツケ)とともに登場します。

鶴

《鶴》唐竹で編んだ胴体に長い首をつけて紙を貼ってあり,カズラを下げています。頭には赤い飾りがあり,くちばしは黒く塗られ,本物の稲をくわえています。中には1人入り,羽をパタパタと動かしながら進みます。餌まきが1人と,数人の鷹匠がともに登場します。

 

琉球王行列

赤い着物に黒袴を身につけた王様を中心に,傘や槍,弓,三角旗,さらに笛,鉦,銅鑼などが列をなしており,笛に合わせて琉球人踊を踊ります。

琉球王が島津義弘の活躍を祝って,貢物を持ってきた際の行列を再現しているとも,江戸時代に琉球の使節団が江戸の将軍のもとへあいさつに行く行列を見た大里の人びとが,琉球の楽や踊りを七夕踊に取り入れたとも言われています。

琉球王行列

 

大名行列

「奴(やっこ)」または「奴道中(やっこどうちゅう)」とも呼ばれ,大名の参勤交代の行列を再現しています。

竿の先に放射状にしなう竹が広がった,馬簾(ばりん)という大きな傘のようなものをかけ声とともに振る馬簾振り(ばりんふり)をはじめ,薙刀持ちや刀持ち,鉄砲持ちなど,さまざまな役の者が列をなします。

大名行列

《大名行列》

大名行列のバリン振り

《馬簾(ばりん)振り》

 

薙刀行列

太鼓踊の前後に付いていて,露払い,後払いの役をします。

女性用の浴衣に,色物のタスキ,白足袋,毛笠と呼ばれる白馬のたてがみや尾の毛を植え付けた笠,白ハチマキといった格好で,竹の先に銀紙で作った刃をつけた薙刀を持っています。

薙刀行列

 

太鼓踊

七夕踊の中心をなすのが,太鼓踊で,かつては14集落全てから踊り子を出していましたが,今では踊り子のいない集落もあります。

もとは3人の師匠が武士踊を習いに行き,それをそれぞれのところで伝えたと言われており,踊りの形が少しずつ異なり,今では3つの形と,そのいずれかが混じり合った2つを合わせた,5つの形があります。

太鼓踊には「1番ドン」,「2番ドン」という役があり,「1番ドン」は歌や踊りが上手く,太鼓踊の中心となる人で,全員をリードする役割を持っています。「2番ドン」は「1番ドン」の補佐役で,声が通り,歌の上手い人が選ばれます。

この「1番ドン」,「2番ドン」に選ばれることは最も名誉なこととされています。

太鼓踊

 

時代とともに変化する祭り

かつて,踊りの主な担い手は,大里地区の14集落の青年たちでした。

15歳から29歳までの青年による青年団が,目上の大人たちに依頼して指導や手伝いをしてもらっていました。

その中で,人としての道や礼儀作法なども学び,郷中教育の役割も果たしていました。

昨今は,生活の変化や担い手不足により,青年団だけでなく,集落総出で行ったり,近隣の学校や地域外から応援をもらいながら,なんとか踊りを続けているのが現状です。

 

踊りを見る際は,ぜひ,地域の方々のこうした努力の上で,今も貴重な民俗芸能を見られるということも頭の片隅においていただけると幸いです。

 

市来の七夕踊についての詳細は,いちき串木野市郷土史料集1「民話・祭り」編(外部サイトへリンク)で紹介されています。

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