更新日:2009年4月21日

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仮屋崎早乙女踊り

  昭和初期に大干ばつが起き、田植えもできない状態でした。その後昭和14年から15年連続して、降水量が少ないため田植えができず、米の収穫もなくなり、実りの秋を迎えることのできない農家の生活は貧しく、最低の生活だったと言われています。その頃、集落全体で八幡川上流の字前之浜四郎木場より、トンネルを掘って用水路を引き、実り豊かな水田を作ろうという話が持ち上がり、昭和18年から20年まで3ヵ年かけてこの大事業を完成させました。
 もともと五穀豊穣を願う踊りがあったようですが、すでに廃れていたことから、昭和57年に仮屋崎集落の女性の方々が中心となって、先人の苦労を忍ぶとともに、豊作を願う郷土芸能として興し、今日に続いているものです。
 踊りには、アゼぬり・馬でのならし・なで板でのならし・苗配り・綱張りと田植え・田の草取り・散粉・稲刈り・俵積み運び・餅つきとお供えなどの場面が盛り込まれています。
 
【問い合わせ先】鹿児島市役所
 

公開日時

 1月
 

公開場所

 未定
 

開催風景

馬で土をならす
なで板で土をならし田植えの準備
田植えをする乙女

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